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<title>The Golden Age of Accordion</title>
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<copyright>Copyright (c) 2008, harada</copyright>
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<title>MORINOへGOLAへ　　　～  音づくりの旅2008年6月　ドイツ  NO3</title>
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<summary type="text/plain">ここドイツといえば、ＨＯＨＮＥＲ（ホーナー）である。ﾄﾞｲﾂ３大ﾒｰｶｰ、ダイム...</summary>
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<dc:subject>GOLAへ続く路2008年6月</dc:subject>
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<![CDATA[<p>ここドイツといえば、ＨＯＨＮＥＲ（ホーナー）である。ﾄﾞｲﾂ３大ﾒｰｶｰ、ダイムラーベンツと並び称されてきたHOHNERはドイツの人々が自分のｱｲﾃﾞﾝﾃｨﾃｨを感じるﾒｰｶｰである。<BR><br />
　１００有余年ＧＯＬＡ（ゴラ）やＭＯＲＩＮＯ(モリノ）をはじめ多くの名機が作られてきた。第二次大戦の前には同じドイツのクリンゲンタールでｱｺｰﾃﾞｨｵﾝを製造していた時期もあったが、東西ドイツの分離により、ここﾄﾛｯｼﾝｹﾞﾝにﾊｰﾓﾆｶとあわせ集約された歴史をもつ。このﾄﾛｯｼﾝｹﾞﾝＨＯＨＮＥＲ1社だけで最盛期には5000人の従業員を擁し盛況を極めたという。作られる製品はよく規格化され、精度が高く品質が安定している。評価は世界中に定着してきている。街の楽器がオーケストラで弾く楽器、音楽の演奏用の楽器に格上げされたのはこのＨＯＨＮＥＲ社の努力と技術に負うところが大きい。</p>

<p>○アコーディオンの故郷　　ドイツ<br />
　アコーディオンはドイツで生まれた楽器である。1828年ハンブルグの楽器職人のフリードリッヒ・ブッシュマンがハンドエリオーネという小型の楽器を作り、歴史が始まった。彼の楽器は調律用「道具」でまだ楽器とは呼べないものだったらしい。翌年、彼の意をうけた職人チャールズ・デミアンがキーや弁、ベロー、エア抜きを加え現在のアコーディオンに近いものをつくった。デミアンは先を見越す頭脳の持ち主で関連するアイデアの特許を押さえたことがのちの楽器づくりに支障をきたしたのだという。しかしデミアンの楽器はあっというま間にヨーロッパ各地に広まった。パリ、ドイツ、イタリア、ロシアそして本拠地のウィーンで。<br />
　1860年代には各地でアコーディオンが作られるようになった。イタリアの青年、パオロ・ソプラーニは巡礼に来た旅人に1台のアコーディオンもらった。1863年彼も独力で作り始めた。パオロソプラーニはＨＯＨＮＥＲとあわせ両雄と目される。その誕生である。同じイタリアのやや北のミラノ南部、ストラデーラ村でもダラッペが誕生している。1876年である。イタリアではなんと５００社近くのアコーディオン工場が創業し、その多くはすでに廃業してしまっている。<br />
　ブッシュマンから始まった本家ドイツではどうだったのだろうか。ドイツ・トロッシンゲンではハーモニカの大々的な普及に成功したＨＯＨＮＥＲの創始者マティウス・ホーナーは、なぜか依然としてアコーディオンの製造には手をつけなかった。2代目エルンスト・ホーナーになった後の1903年に1号機が生まれた。ちょうど105歳になったことになる。</p>

<p>○技術革新をになってきた<br />
　5000人を擁していた往時の盛況を残す旧工場からほど近いところに現在の新工場はあった。両翼３００ｍあろうかという巨大な敷地である。ちょうど東京ビッグサイトの西館くらいにはなるだろうか。西にシュバルツ・バルト（黒い森という名の山容）が、東にはシュバーレン・アルプスに囲まれた高原の地である。標高は600mを越す。初夏の陽射しがのぼりかける朝8時前にはとっくに工場は稼動していた。<br />
　15,000㎡（4500坪）をハーモニカとアコーディオンの製造場所で分ける。アコーディオンに必要な、木材、金属素材、樹脂部品といった資材ヤードに木工工作ヤード、塗装・表装ヤード、研磨ヤードさらに組み立てラインへと続く。数台の仕上がり途中のアコーディオンが台車にのって少しづつ移動していく。それぞれの組立工程では熟練の職人さんたちの熱気があふれていた。その隣に部品ストックがある。おびただしい数の部品が１F２Fに整然と並んでいる。アコーディオン製造部長のファウゼルさんによれば、70000点（工程）の部品、製造手法がデータ保管されている。それを管理するホストコンピューターは厳密に管理され、その修正なしには部品、仕様の変更は一切できないのだという。今も1950年代のMORINOの部品がストックされている。<br />
　修理･調律をする者の立場でみるとHONHNERの印象は革新的な思想、ものづくりにある。たとえばジュラルミン・ボディである。アトランティックをはじめとしたシリーズに使われてきている。丈夫で経年の劣化がなく音量もある。120バスボタンのワンタッチ式ユニット。これは120本のボタンシャフトを１つづつ抜いて修理後並べ戻すという修理屋泣かせの根気のいる仕事を不要にしてしまった。ネジ２本で見事に内部まで分解できてしまう。便利、大胆なアイデアである。音質切り替えのスリットは独自のデザインで､素材にはサビの来ないナイロン樹脂が使用されている。革新のきわめつけはリード革（さぶた革：通称）である。すでに1950年代からHOHNERでは樹脂リードを使用しているようである。本革（当歳鹿）がいいか樹脂がいいか、どちらがいい音がするか意見があるものの、リード弁の安定性でいえば樹脂リードである。キズさえつけなければ長期にわたって使用可能だ。しなりの強さは殆ど劣化しない。湿気も吸わない。カビも生えない。</p>

<p>○検品と繰り返される調律<br />
　工場では一般の職人にまざって「クラフト・マイスター」の資格を持った検品担当者、調律担当者がそれぞれの持ち場で働いている。1次調律されたリードをブロックにワックスづけし､本体のスイッチを調整して出荷まえの検品工程に入る。やはりマイスターであるグンターさんについて検品を教わる。<br />
　検品では鍵盤、バスボタン、ベロー、音質スイッチなどの基本機能のチェック、さらに外観のキズなどをつぶさに調べる。マイスターの眼は鋭い。ほんのわずかな取付けのズレも見逃さない。たとえばグリルのリブ（軸）を飾る金属の細い部品がわずかにずれているだけで、彼はグリルを持ってその製造現場に行き、スタッフに修理を促す。スタッフがいない場合は自分でリベットを打ち直す。<br />
　最後の仕上げが音の検査である。　まずスイッチを入れ替えながら、高音部の高いAから順に弾いて、そのあとオクターブをとる。さらに4度5度の和音で響きを確認し、バスへ。　こちらはA#から3度の対位とﾒｼﾞｬｰ音を押し弾きで鳴らしそれをFまで行く。そのあとマイナーコードを２０ボタンとってセブンスも鳴らし、最後にディミニッシュで終わる。<br />
　音のずれ、ゆがみが発見されると楽器ごと調律部屋（ガラス張り）に行って同じように再び調律を促す。こうして1台の楽器が梱包され､出荷ヤードへと運ばれていく。</p>

<p>○HOHNERの調律<br />
　一切特別なピッチ差をつけない､平均律に１００％添う方法がHOHNER式の基本である。エッケハードさんはここの調律マネージャーであり自らも毎日調律に明け暮れる。MORINOもGOLAもダイアトニックのコロナも調律する。「徹底的に耳で聴き取ってください。オクターブのにごりをなくしましょう」。思っていた以上にシンプルな発声となる。これが「工場出荷仕様」なのだと言い聞かせながら作業を進める。MORINOもGOLAも出荷仕様におけるピッチなどの差異はない。MMの波は機種やｼﾘｰｽﾞによって細かく指定されている。「高音部はミドルの強さで、低音部はピアニッシモで風を起こして調律してください」、とエッケさん。何しろ伝統のHOHNERである。あのGOLAさんもMORINOさんも使ったという由緒ある調律機を前にして、主任調律マイスターの目の前でいよいよ私の調律が試されることになった。</p>]]>

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<title>MORINOへGOLAへ　　　～  音づくりの旅2008年6月　ドイツ  NO2</title>
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<modified>2008-08-12T11:31:05Z</modified>
<issued>2008-08-09T12:06:53Z</issued>
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<summary type="text/plain">ﾄﾞｲﾂの朝は早い。 それは工場の稼動のことで,8時前には工場は動きはじめている...</summary>
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<dc:subject>GOLAへ続く路2008年6月</dc:subject>
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<![CDATA[<p>ﾄﾞｲﾂの朝は早い。<BR><br />
それは工場の稼動のことで,8時前には工場は動きはじめている。陽の昇る時刻は、といえば東京の方がはるかに早い。東京だとこの季節5時前に日が昇る。ﾄﾛｯｼﾝｹﾞﾝでは6時ころと少し遅い。その分、夜の時間がおそく始まる。とっぷり暮れるのが9時ころである。<BR><br />
<img alt="outlook02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/outlook02.jpg" width="300" /><BR><br />
<img alt="pass001.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/pass001.jpg" width="300" /></p>

<p><br />
渡されたHOHNERの工場通行証を電磁ﾁｪｯｶｰにいれること2回。広大な工場の一番奥まった通用口から中に入る。入れば正面にMORINOの最終組み立てﾗｲﾝがあり、隣が私のお世話になるｱｺｰﾃﾞｨｵﾝの検品・調律ﾔｰﾄﾞである。<BR><br />
初日は、やはり少し緊張するものだ。何しろﾄﾞｲﾂ語はほとんどしゃべれない。急ごしらえのﾄﾞｲﾂ会話は習ったものの、すんなり出てこない。これから2週間、お世話になる仲間にあいさつをする。誰もにこやかに笑顔で目をあわせる。「おや、意外に年配の日本人がきたな」と思っているかどうか。そんなときは、「ｸﾞｰﾃﾝ・ﾓﾙｹﾞﾝ」といいながら強く握手をすればたいがいこと足りる。便利である。<BR><br />
<img alt="production02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/production02.jpg" width="300" />　　<BR><br />
<img alt="long04.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/long04.jpg" width="300" /><BR><br />
<img alt="production04.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/production04.jpg" width="300" /><BR></p>

<p>初日の課業は工場の全貌を知ること、要人の方へのあいさつのあと、工場の出入りのルール、社員食堂の使い方、別ﾔｰﾄﾞに移動するときの電磁ｶｰﾄﾞの使い方などをまず教わる。<BR><br />
まず工場である。実に巨大な工場だ。やや長方形だが、一辺300ﾒｰﾄﾙはゆうにあろうか。東京ビッグサイトにある東西ﾎｰﾙの西館全体よりも大きいにちがいない。<BR><br />
「まるでメッセ･ゲレンデだね。ここでメッセをやったら便利でいいね」と案内のファウゼル部長さんに軽口をいう。<br />
製品の材料ﾔｰﾄﾞから、木工工作ﾔｰﾄﾞ、金属部品製作ﾔｰﾄﾞ、表面仕上げ・セルロイド、塗装ﾔｰﾄﾞさらに楽器組み立てﾔｰﾄﾞと整然と区画されている。私が居座る予定の完成品検査ﾔｰﾄﾞ、調律ﾔｰﾄﾞ。これは工程の最後尾になる。ｶﾞﾗｽで区切った調律ルームが４つあって、さらに工場の製造管理のｵﾌｨｽが連続して続いている。<BR><br />
GOLAの組み立てﾔｰﾄﾞも左手前に独立している。2人の専門技術者がいる。<BR><br />
<img alt="DSCF0140.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/archives/DSCF0140.JPG" width="300" /><BR><br />
工場全体からいえば、ﾊｰﾓﾆｶ工場の面積がｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ工場よりまさっている。ここも工程に添って、区画され稼動している。ｵｰﾄﾒｰｼｮﾝでできる部分も多く、ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝよりより工業的工場風景である。<BR><br />
工場管理部門は２階にある。HOHNER全ての商品の1品目7万点になるという膨大な部品ﾃﾞｰﾀがﾏｽﾀｰｺﾝﾋﾟｭｰﾀｰで管理されている。そういえば私が修理した数十台のHOHNERも、部品の共通性では他のﾒｰｶｰ、とくにｲﾀﾘｱﾒｰｶｰとは明らかに違っていたことを思い出した。「地球の対極にある中国工場でもこのｺﾝﾋﾟｭｰﾀｰﾃﾞｰﾀｰを変更しないと､現場ではﾈｼﾞ1ｹも変えることは不可能です」と主任のﾄｰﾏｽが最新のﾓﾃﾞﾙのCAD（ｷｬﾄﾞ：ｺﾝﾋﾟｭｰﾀ設計ｿﾌﾄ）を巧妙にあやつりながら説明してくれた。<BR><br />
<img alt="DSCF0143.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/archives/DSCF0143.JPG" width="300" /><br />
使い込んだ楽器がところ狭しと並んだﾘﾍﾟｱｰﾙｰﾑはちょうど私の工房を巨大にしたようだった。部品が、半完成品があっちにも、こっとにもある。<BR><br />
部品やﾕｰｻﾞｰﾌｫﾛｰをするｱﾌﾀｰｻｰﾋﾞｽ部も隣接している。<BR><br />
<img alt="serviceroom03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/serviceroom03.jpg" width="300" /><br />
</p>]]>

</content>
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<title>MORINOへGOLAへ　　　～  音づくりの旅2008年6月　ドイツ</title>
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<modified>2008-08-11T14:30:37Z</modified>
<issued>2008-07-29T15:09:12Z</issued>
<id>tag:www.act-bay.com,2008:/book//2.147</id>
<created>2008-07-29T15:09:12Z</created>
<summary type="text/plain">HOHNERの本拠は高原の町にあった。黄色い第二工場の四角な建屋のむこう、西の方に黒い森「シュバルツ・ヴアルト」のなだらかな稜線がある。１０００ｍというからそう高くはないが、深く青い稜線だ。梅雨明けを思わせる明るい空を切り取るように森が幾重にも在った。その稜線を超えて１００ｋｍも行けばフランス国境である。南の丘をこえればやはりスイス国境。ここトロッシンゲンはドイツでありながら、異国と接する、新しい息吹を呼び込んだ土地柄なのだろうか。

HOHNERの工場で２週間かけて調律、音づくりの収得をすることが今回の目的である。モリノ（Vincent　Morino）師がゴラ（Giovannini　GOLA)師が丹精をこめて作ったアコーディオン。そのエッセンスを知り、教わり、音作りの考え方を掘り下げてみたいと思った。
これまでイタリア、カステルフィダルドとストラデーラ。アメリカ。そして今回のドイツと私の音作りの旅はもうどれくらいになるのだろうか。

丘のうえで流れる雲をみながらふと眼下をみると無数の小さな花が咲いている斜面があった。ここは牧草地だろうか、ほとんど同じ寸法で並んだその草からは、白、ピンク、だいだい、赤、紫といくつもある。あたりは香草のかおりが流れている。すこし甘く、やわらかい香りだった。

明日　８時には工場に入る。専用の通行証も手元にある。
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<name>harada</name>

<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<dc:subject>GOLAへ続く路2008年6月</dc:subject>
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<![CDATA[<p>HOHNERの本拠は高原の町にあった。　標高６５０ｍ。長野・松本市より少し高い標高にあたる。<BR><br />
ときおり吹き抜ける風が標高２ｍの浦安に居住する私には新鮮に感じられた。風が違う。<BR><br />
100年以上まえからあった旧第一工場から最新設備にかえて、ちょうど20年まえ竣工した黄色の建物。HOHNER第二工場の脇を通って、丘に上ってみた。なだらかな起伏の続く路だ。<BR><br />
日本から着いたばかりでまだ体調も戻りきっていない。肩で息をしながら上っていく。<BR><br />
夏至の直前のﾄﾞｲﾂ。ちょうど日本では梅雨あけに照りつける陽射しに似ている<BR><br />
見知らぬ土地にいくといつも小高いところに登りたくなる。なぜだろうかと思う。<BR><br />
そこから町を一目で眺めることができる。地形だけではない。家並み、くねった道路。起伏、河川らしきくぼみ、そしてゆるやかに続く畠のむこうにはもうひとつ村がある。冬は厳しい気候とその土地ならではの恵みに思いをめぐらせる。ここに人が営み、町をつくってきた。「音楽の町」トロッシンゲン。その印象を脳裏に焼きこんでいく。<BR><br />
<BR><img alt="trossingen_street16.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/trossingen_street16.jpg" width="300" /><BR></p>

<p>片面３００ｍを越す四角形をした巨大なHOHNER第二工場の建屋のむこう、西側に黒い森「シュバルツ・ヴアルト」のなだらかな森が迫っている。幾重にも積み重なったその森の標高は１０００ｍというからそう高くはない。深い青色の森だ。まばゆい空を、斜めに鋭く切り取ったように深く青い稜線が伸びている。西の稜線をはるかに超えればフランス国境に近い。南の丘をこえればスイスに届く。この「音楽の街」トロッシンゲンは、数多くの音楽家、演奏者をはぐくんできた。新しい風を呼び込む土地はここﾄﾞｲﾂにあってすでに異国の風を取り込むに有利な地形にあったのだと思う。<BR><br />
HOHNERの工場で、実際にGOLA,MORINOの製造ラインに加わって調律、音づくりの収得をすることが今回の目的である。そのため千葉からここまでやってきた。ハーモニカ工場から１５０年。アコーディオンだけでも１００年を超える。世界最大の工場である。果たして私の手に負えるものだろうか。１９３０年代からモリノ（Venanzio　Morino,1876～1961）師が１９５０年代からはゴラ（Giovanni　GOLA, 1907～1978)師が請われてここの旧工場でアコーディオンを設計し、自ら作ってきた。２人の著名な師のほかに、Coronaを作った人、Atlanticを作った人、Verdiを作った人。おびただしい職人が一心に音作りに貢献してきた。心血を注いできたにちがいない。今、私がゆたかな音を、弾き味を身近に得ることができるのも彼らの、先人の職人のおかげである。その旧工場は、最盛時には５０００人を超えたという。おそらく世界有数の大規模工場であった。彼らの残してきたもの、それはおびただしい数の楽器だけではに。ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝがもっともｱｺｰﾃﾞｨｵﾝらしいそのこととは何か？エッセンシャルを教わりながら、私も音作りの考え方を掘り下げてみたいと思った。<br />
<img alt="-morino.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/-morino.jpg" width="300" /><br />
<BR><br />
私は、10年まえから楽器の旅をしてきた。それは買付ける楽器の旅ではなく、より美しい音色を、弾きごこちを求める旅である。神の声を聞き、神とともにあらんとする巡礼者の旅のようだとも思う。イタリア、カステルフィダルドとストラデーラ。アメリカ、シカゴ。そして今回のドイツと私の音作りの旅はくりかえされてきた。そのたびに多くの善意あふれる友人を得、そしてかけがえのない知識をいただいた。彼らの善意に報いるためにも、再生楽器の再生技術、再生調律の本流を見極め、理解し、残していく。それを可能な限りひろげ、欲しいという人に届けたいと思う。<BR><br />
<BR>丘のうえに流れる雲をみながらふと足下をみると無数の小さな花が咲いている斜面があった。ここは牧草地だろうか、ほとんど同じ寸法で並んだその草からは、白、ピンク、だいだい、赤、紫といくつもある。あたりは香草のかおりが流れている。すこし甘く、やわらかい香りだった。豊かな音色の世界の花である。<BR><br />
明日　８時には工場に入る。専用の通行証も手元に届いた。<BR><br />
<img alt="flower01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/flower01.jpg" width="300" /><BR><br />
<img alt="DSCF0341.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/archives/DSCF0341.JPG" width="300" /></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
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<title>アメリカがアコーディオンの豊かさをつくった。そして---NO3</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.act-bay.com/book/archives/2007/09/15.html" />
<modified>2007-09-22T10:18:14Z</modified>
<issued>2007-09-18T11:23:49Z</issued>
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<summary type="text/plain"> イタリアではこれまで470のアコーディオンの会社ができた。現在、残っ ているの...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<dc:subject>私説-　ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ通り</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p><img alt="SS_Jhon accordion playing.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/SS_Jhon accordion playing.jpg" width="443" height="618" /><BR><BR></p>

<p><br />
イタリアではこれまで470のアコーディオンの会社ができた。現在、残っ<br />
ているのは６0社。90%が閉鎖した。ここ数年、また、減った｡　かつて<br />
イタリア以外に、ドイツ、フランス、アメリカ（イタリアの移民による<br />
出先工場）、旧共産圏、北欧に、南米に、そして日本と世界中にメーカー<br />
があった。アコーディオンが注目を浴びた時代だった。一番売れたのは<br />
１９６０年前後だったようだ｡しかしその後もアコーディオンは多くの人<br />
に愛されてきている。ビートルズのジョン・レノンがギターの替わりに<br />
アコーディオンを弾いている写真がある。ある人がいった「アコーディ<br />
オンの黄金時代」。リードの響きに民族の情念が渦まいた。楽器にこめら<br />
れた民族の印（サイン）とは何だったのだろうか。</p>

<p>（470ﾒｰｶｰ詳細ﾘｽﾄ　http://www.act-bay.com/book/index.html<br />
でﾀﾞｳﾝﾛｰﾄﾞ下さい）</p>

<p><img alt="DSCF0106.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/archives/DSCF0106.JPG" width="350" /><BR><img alt="DSCF0105.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/archives/DSCF0105.JPG" width="350" /></p>

<p>１　アコーディオンは愛され続けてきた！<br />
ITALYのメーカーの消長が世界のアコーディオン市場の縮図だと見ると<br />
世界の市場が劇的に変化してきたことが分かる。</p>

<p><ｲﾀﾘｱ国内の新設アコーディオン会社　申請件数><br />
1850年～1900年　　　52件（50年間累計）　　<br />
　　　～1920年　　　61　（以下20年ごとの累計）<br />
　　　～1940年　　　95<br />
　　　～1960年　　　194<br />
　　　～1980年　　　26<br />
　　　～現在　　　　22件<br />
*第1号登録は1850年のPANTALEONI。あのパオロソプラーニは7番目、1863年、ダラッペは17番目の1876年。大きく言えば1900年に入ってから市場が順調に成長しピークは1960年代<br />
だった。1970年代には減少に転じた。減った原因。それは60年代後半<br />
からはじまった新しい楽器（エレキギター、エレクトーンなどの電子<br />
楽器）のブームににおされたという説がある｡　が、実際はよくわか<br />
らない。それ以上に余暇アイテム自体が膨張し、お客が散逸したので<br />
はないか、という考えもある。</p>

<p>150年の間にいったい何台のアコーディオンが世に出ただろうか。<br />
カステルフィダルドの市庁舎B１Fにあるアコーディオン・ミュージアム。<br />
時代がアコーディオンに要求した機能、かたち、デザインと多くの<br />
職工が技をきそって市場にマッチしようとした歴史がそこにある。<br />
　ミュージアムには事業の興った１８５０年頃から始まり現代で終わる。<br />
こんなこともあったよ。あんなこともあったよと無数の展示品が私に告<br />
げてくれているような気がした。何台かは私のコレクションになっている<br />
なつかしい楽器だった。<br />
<BR></p>

<p><img alt="S_move_star_accordion02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/S_move_star_accordion02.jpg" width="350" /><BR><BR></p>

<p></p>

<p>　室内の片隅に２つの写真があった。１つはジョン・レノンで、ＧＯＬＡ<br />
（ゴラ、ＨＯＨＮＥＲの最高機種、定価420万円）が彼の肩から今にも<br />
ずり落そうになっている写真だ。ショルダーベルトの掛け方がちがうよ、<br />
といいたくなる。これは彼のスタイルなのか。パフォーマンスだったのか。<br />
ジョンの物憂げな目線の先に何があったのだろう。祈りの曲「イマジン」<br />
のメロディがあったのかどうか。<br />
　アコーディオンが出せる唯一の音色、豊かな色をなすリードの響き。<br />
彼が暴漢に襲われ命を奪われる直前まで弾いていたというピアノが先日<br />
オークションにかけられた。それはすこしいびつで、使い古した感じの<br />
小さなピアノだった。気軽に持ち出せるアコーディオンはジョン・レノン<br />
にとって彼の音楽の１つの要素だったと思うとほっとするのである。</p>

<p>スティーブ・マックィーンの画像</p>

<p>　もう1つの絵はスティーブ・マックィーンで、彼が浅黄の着古したジ<br />
ャケットでボタンアコーディオンを前かがみにかかえている。そばの<br />
衛兵らしき者が彼を呼び止めようとしている。チンパンジーが一緒だ。<br />
何かの「ふり」をするためなのか、それともちゃんとアコーディオン<br />
を弾いていたのかはよく分からない。<br />
　プレスリーは若い頃にアコーディオンを弾いたのだと聞かされたこ<br />
とがある。ギターを持つ前、デビューする前のことのようだった。<br />
彼のヒット曲もいくつかアコーディオンのピースになっている。<br />
　譜面といえばアメリカで市販されてきた種類はすこぶる多い。シアー<br />
ズに代表される通信販売が世界で始めて興った国がアメリカである。<br />
地方を遠隔地を民族を超えて、いくつかの言語でアコーディオンの普及<br />
がはかられたことが数多くの譜面や教材が示している。</p>

<p><img alt="acco_crime_cove01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/acco_crime_cove01.jpg" width="350" /></p>

<p><br />
*「ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝの罪」（ｱﾆｰ･ﾌﾟﾛｰ作）ではｼﾁﾘｱでできた１台のﾀﾞｲｱﾄﾆｯｸがﾙｲｼﾞｱﾅに渡り、数奇な運命をたどる。1900年代の民族の移入と喧騒が詳しく書かれている。<br />
<img alt="musics_etc02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/musics_etc02.jpg" width="350" /><br />
　ジャズ、ロック、ワルツ、ポルカ、マーチ、賛美歌、人気映画のテーマ<br />
曲はそしてクラシックまで何でも揃っている。おなじみのマニアンテ、<br />
ピエトロ・デイロ、ガラニーニ、ガビアーニからジャズのマイルス・デイ<br />
ビス、マット・マシュー、マロッコなどなど。今で言う楽しむソフトも<br />
黄金期だったのだ。<br />
　では現在はどうなのだろうか。全体で見れば、国が変わってしまった<br />
かのように少なくなってきている｡しかし、アレグリア（シルク・ド・<br />
ソレイユによる大道芸のエンターテイメント版。ケベックの州都モント<br />
リオールが本拠のフレンチと世界が融合した摩訶不思議なショー）の<br />
テーマ曲や挿入歌はミュゼット系のアコーディオンが活躍している。<br />
アコーディオンは普及したがゆえに、あまり前面に出てこなくなった<br />
のかもしれないと思う。<br />
　現在アコーディオン用にＣＤやＤＶＤも発行されているが数は多くない。<br />
最大手MELBAY社のカタログは厚さ５ｃｍほどの電話帳ほどもある400<br />
ﾍﾟｰｼﾞだ｡肝心のアコーディオン関係はわずか3ページでしかない。</p>

<p>譜面の画像　</p>

<p>アコーディオン黄金時代の譜面は実に豊かだ。数も多く、表紙デザインも面白い。</p>

<p>２　移民がつくったアコーディオンの印とは？<br />
アメリカは移民でできた国といえる。この移民がアメリカにおけるアコ<br />
ーディオンの普及と多様な楽器づくりに関係したと思われる。1790年、<br />
といえば日本は江戸の中期、アメリカでは連邦政府によって実施された<br />
はじめての国勢調査がこの年おこなわれた。先住民をのぞいた人口は398<br />
万人だった。国土も今ほど広くなかった時代である。<br />
　イングランド系５０％、黒人系２０％弱、アイルランド系２０％弱、<br />
これにドイツ系、オランダ系、フランス系と続く。時代がおくれイタリア、<br />
スペイン（含むメキシコ）、東洋系が増えていった。詳細は専門書にまか<br />
せるとして移民たちは生まれ育った文化、音やリズムを新大陸に持ち<br />
込んだ。ジャズがそうだったように在来の文化になじみ、変化しアメ<br />
リカ的なものになって定着していった。<br />
　面白いデータがある。よく知られたミュゼット・チューニングの<br />
「波（なみ）」のデータである｡それぞれ移民は固有の「ゆれる音」を持<br />
っている。その音は古来からＤＮＡを経由して受継がれてきた。意識しな<br />
くとも体がゆれる望郷の印（サイン）か。<br />
ミュゼット・チューニングは移民の国の数、文化の数だけあるため複雑<br />
で一筋縄ではいかない。楽器選びで悩むことの１つはこのミュゼットの<br />
「波」を選択しなくてはならないことだ。新たに「波」を調律しなおす<br />
場合ももめることが多い。しかも音階は均一ではなく、低音域から高音域<br />
に音程カーブという波が別にあって、ミュゼットはこの音程カーブの波の<br />
上にのせることになる。アコーディオンの響きができる面白いポイントで<br />
もある。</p>

<p>ミュゼットチューニングは、アコーディオンの高音部の基本になるＭリー<br />
ド（ミディアム：中間の意味。この頭文字のＭ。通常クラリネットリード<br />
といっている）が高音部に２枚づつある楽器で、うち1枚分のリードのピッ<br />
チを意図的に上げてうなり（別名トレモロ、日本では「波」）をつくるものだ。<br />
民族、文化によって異なるミュゼットの波は以下のようになっている。</p>

<p>　<ＭＭ２枚の波のつけられかたのデータ><br />
　・アイリッシュ　　　　　　　　　　　　２５-３０(ｾﾝﾄ、以下同）<br />
　・フランス　　　　　　　　　　　２０<br />
　・イタリア　　　　　　　　　　　２０<br />
　・ドイツ（ﾎﾟﾙｶ）　　　　　　　　１５<br />
　・日本(演歌）　　　　　　　　　１３-１５<br />
　・テキサス(TEX-MEX)　　　　　　　１５<br />
　・スロベニア　　　　　　　　　　１１<br />
　・ルイジアナ（Cajun）　　　　　１０<br />
　・ケベック　　　　　　　　　　　　７<br />
　　*ジャズ　　　　　　　　　　　　４－５<br />
*（1秒間の何回うなりが出るかを、ヘルツ数、セント数で区別する。４～５セント分<br />
が１秒間に１回のうなりに相当。１秒に３回うなりが聞こえる場合は、セント数で１２<br />
～１５、ヘルツで３のピッチ差があるということになる。）</p>

<p>魅力的な演奏の１つは、もともと曲の背景にある文化、民族のテイストを<br />
作曲家の意図で再現する点にあるとすれば、楽器は曲にぴったりの波を持った<br />
楽器を使うに限る。近い、ではなくそのものズバリの「波」をである。<br />
演奏の「波」が聴衆の脳をＤＮＡレベルで刺激し、客席は感動の涙にくれる<br />
だろう。そうなればミュゼット調整の機会が一気にふえ、アコーディオンの<br />
調律マンの頬はおのずとゆるむという話である。いかがなものだろうか。<br />
筆者による「アコーディオン楽器トークショー」11月30日～12月3日、大阪市西区南堀江１の<br />
Prickle06-6532-3009にて。イタリア・楽器の街のミニ写真展や調律実演を行います。<br />
（以下次号）<br />
（ご案内）「アコーディオン楽器トークショー」11月30日～12月3日、大阪市西区南堀江１の<br />
Prickle06-6532-3009にて。この項の内容の一部を写真、イタリア・楽器の街のミニ写真展<br />
や調律実演を行います。（原田）<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>アメリカがアコーディオンの豊かさをつくった。そして---NO2</title>
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<modified>2007-09-13T14:46:46Z</modified>
<issued>2007-09-13T14:08:46Z</issued>
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<summary type="text/plain">カステルフィダルドには２つの小山がある。１つは1000年の歴史をもつ旧市街 の砦...</summary>
<author>
<name>harada</name>

<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<dc:subject>私説-　ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ通り</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>カステルフィダルドには２つの小山がある。１つは1000年の歴史をもつ旧市街<br />
の砦の街。ここがアコーディオンの故郷といっていい。この旧市街を見渡せる<br />
位置にモニュメントと地元でいう、公園の丘がある。<br />
2006年4月はまだ朝は冷たい風が丘をふき抜ける。頂上にはモニュメントの<br />
名前のもとになったレリーフが威容をみせている。<br />
そう古くは無い頃、このカステルフィダルドが敵の攻撃を受けたとき市民含めて<br />
勇敢に戦って、街を守ったというふうに思える巨大なレリーフだ。<br />
<img alt="2_longscape03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_longscape03.jpg" width="450" height="300" /><BR><img alt="parco_monument01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/parco_monument01.jpg" width="450" /></p>

<p></p>

<p>しかし、アコーディオンのメッカの根源は実はこのモニュメントの丘のとなりにあった。<br />
墓地である。<br />
ここにはアコーディオンの父でありカステルフィダルドの一番尊敬される人パオロ・<br />
ソプラｰニほかが眠っているはずだ。きれいな壁面の墓標がいくつも建っている。<br />
朝もやを切り裂くように立っている。墓標の装飾もITALYらしくあかぬけしている。<br />
デザインの民は眠りの場もそれにふさわしい墓標だ。モリビドーニの名前もあった。<br />
<img alt="parco_monument03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/parco_monument03.jpg" width="450" /><BR><img alt="parco_monument04jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/parco_monument04jpg.jpg" width="450" /></p>

<p><br />
でも楽器作りに汗を流し、工夫をし、音を調べて、改良してきた多くの職人はおそらく、<br />
この丘にはいない。ここは一等地のモニュメントで限定された人のみが眠れる場所<br />
なのだという。</p>

<p>アコーディオンの４７２ものﾒｰｶｰ、その９０％以上は開始後まもなくやめ、あるいは<br />
100年近く続けた末にやめた。<br />
ELIO　GBBANELLIも言っていたように、「アコーディオンでは家族を養えない」のだと<br />
いう。せめぎあうようにして立ち並ぶ旧市街の石畳を歩いているとなにか魂がささや<br />
くような気がした。多くの職人がその家族がここで暮らし、働いてそして死んでいった。<br />
その１つ１つの命が今弾いている楽器のもとになって、まだ生きている。そんなカステ<br />
ルフィダルドの夕暮れは、また人恋しい。<br />
<img alt="church01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/church01.jpg" width="450" /><BR></p>

<p><img alt="rest01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/rest01.jpg" width="450" /></p>]]>

</content>
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<title>アメリカがアコーディオンの豊かさをつくった。そして---NO.1</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.act-bay.com/book/archives/2007/09/post.html" />
<modified>2007-09-13T06:57:33Z</modified>
<issued>2007-09-13T05:25:04Z</issued>
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<summary type="text/plain">庭に並べられたアコーディオン。 　むかし、昔。といってもさほど遠くない昔、世界の...</summary>
<author>
<name>harada</name>

<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<dc:subject>私説-　ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ通り</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>庭に並べられたアコーディオン。</p>

<p><br />
　むかし、昔。といってもさほど遠くない昔、世界の街角で、流れてくる<br />
アコーディオンの音色に思いをよせ、弾いてみたいと恋こがれた時代<br />
があった。<br />
　アメリカはそういった国の中でも普及した数の多さでは群をぬいている。<br />
<BR><BR><br />
<img alt="fesats.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/fesats.jpg" width="400"  /"ALIGN="LEFT"/><br />
*写真1930年代後半のｻﾝﾌﾗﾝｼｽｺ市内のｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ・ﾋﾟｸﾆｯｸ　<BR><br />
　町中のアコーディオンファンが郊外の野外舞台で日なが繰り広げられる<br />
　アコーディオンの演奏を皆で楽しんだ。<BR><br />
　From　Golden　Age　of Accordion<BR><BR></p>

<p>Estate　Sale（ｴｽﾃｰﾄ･ｾｰﾙ）というアメリカならではのリサイクル、物品<br />
処分の習慣がいま、アコーディオンを楽しむうえで１つのお宝になって<br />
いる。<br />
このセールは亡くなった人の所帯道具を庭に並べ欲しい人に販売する<br />
イベントでﾘｻｲｸﾙと処分をかねている。ここからアコーディオンがざっく<br />
ざっくと出てくる。ちょうどエステートにアコーディオンを出す世代の人たち<br />
はかってのアコーディオン黄金期の主役の一人だった。<br />
世代が替わり始めて、結果引取り手の少なくなった家財道具の中に<br />
アコーディオンがある。</p>

<p>エステートにいいものがあるので新聞の開催ｶﾞｲﾄﾞを頼りにこのセールを<br />
はしごするマニアもいる。　しかしこういった御仁から中古楽器を買うの<br />
は極めてばくちでもある。ひいきめに見ても１０台中、５，６台は動かない<br />
鍵盤、革のそったリードはまただしも、さびたリードがブロックごと抜け落<br />
ちたバラバラ事件も珍しくはない。<br />
そんな中にきらりと光る良質の楽器があったりするので、目が放せない<br />
のだとシカゴにいる師匠のジェリーが言っていた。<br />
あのGOLAだって地味なケースに収まって家財道具に混じってそこに<br />
並べられれば使い古しのトランクケースと見間違われ、値がつかずに<br />
放置されかねない。<br />
<BR><BR></p>

<p>Dallapeのスーパーマエストロはメリハリの利いた音色の美しい楽器が<br />
多い。あまりに美しいのである年、本業の出張の合い間、ミラノ南郊に<br />
あるダラッペを尋ねたこともあった。ストラデーラ。楽器に詳しい方は<br />
ストラデーラといえば左のボタンの別名、とご存知の方も多い。<br />
この地ストラデーラには中央のカステルフィダルドにつぐアコーディオン<br />
の一大産地だった。ダラッペはその名主なのだ。ここでできた左のﾊﾞｽ<br />
の仕組みをステラデーラというのかどうか、正直まだ確認できていない<br />
けれども、おそらくそうではないだろうか、と思う。<br />
人を介してこのダラッペを数台のマエストロを含めつごう7台入手した。<br />
遠くアメリカのEstateからのものも含まれているに違いなかった。イタリア<br />
で生まれ、海路アメリカから五大湖を横切って、シカゴについたその<br />
ダラッペはどんな人にそのまれな美声を捧げたのか。<br />
銘器からは今は亡きオーナーの思いがジャバラを伝って漏れ響く。<br />
新しい主人、私の手元で輝きをましている。<BR><br />
<img alt="DSCF0114.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/archives/DSCF0114.JPG" width="450" /><BR><br />
<img alt="DSCF0112.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/archives/DSCF0112.JPG" width="450" /><br />
<BR><br />
<img alt="Dallape_SMaestro_front02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/Dallape_SMaestro_front02.jpg" width="450" /><br />
<BR><BR><br />
<img alt="gabba_seafood05_elio.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/gabba_seafood05_elio.jpg" width="450" height="300" /><br />
１　アメリカの傘の下で育ったアコーディオン<br />
「なあ、ノリ」とエリオ・ガバネリが私に言った。「この岬のむこうのアンコナの<br />
港から月に5万台もシッピングされたんだ」。<br />
２００６年４月は初旬、ドイツ　フランクフルト楽器メッセの帰路立ち寄ったここ<br />
イタリア。ちょうど中ほどの東海岸（ギリシャ側）にアンコナがある。この日は<br />
初めて訪問した私をエリオが土地のレストランに案内してくれた。<br />
レストランLa Grottaはアンコナ南部の景勝地シローロの一角にあった。<br />
多くの楽器工場があったレカナティを横目に、クルマは海岸に向かった。<br />
急峻な路を降りると、小さな入り江があった。<br />
へばりつくように１軒のレストランがあった。伊豆の西海岸に似ていると思った。<br />
４月も初旬のこの季節はまだ冷たい風が時おり吹き抜ける。<br />
海はと見ればもう初夏の色だ。緑色がまさった群青の海が目の前にひろがる。<br />
大きな体をゆすってシェフがすすめてくれたアドリアの魚介サラダをほおばった。<br />
日本の海鮮サラダににているが、オリーブのかおりと、新鮮な酸味が心地いい。<br />
エリオが話す。<br />
<img alt="gabba_seafood01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/gabba_seafood01.jpg" width="450" height="300" /><br />
「うちのおやじなんか小学校もそこそこにアコーディオンの職工で身を立てたんだ」。<br />
「もう俺の代で終わりだな。息子には継がせない。」　<br />
<img alt="gabba_with01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/gabba_with01.jpg" width="370" height="234" /><br />
<BR><br />
<img alt="front_gabba.04jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/front_gabba.04jpg.jpg" width="450" /><br />
<BR></p>

<p><br />
エリオの父、ウバルドもアメリカに輸出をして60年ちかく家業を支えてきた。<br />
当地の対米輸出が月５万台のその時代、いったい何台をこのウバルドが<br />
つくったのだろうか。彼の工房は小高い城砦の街、カステルフィダルドの<br />
ほぼてっぺんにひっそりとある。あたりのアコーディオン工場にはかつての<br />
賑わいはない。ガバネリにも常雇いの職工はいなくなった。エリオとウバル<br />
ドの親子2人に時おり手助けに職工が出入りする程度だ。石造りの町工場<br />
（こうば）は１Fで木材加工、２Fで木組み、部品づくりとアッセンブルをする。<br />
ここに20名近くの職人が立ち働いてきた。石階段のステップが丸くすりへっ<br />
て往時をしのぶ。</p>

<p><BR><BR><br />
１９５０年から6０年あたりを中心に前後の約半世紀を「アコーディオン<br />
の黄金時代」といっている。大量の生産を支えたのが他ならぬアメリカ<br />
の市民だった。その強大な購買力が多種、多彩なアコーディオンをつくる<br />
原動力になった。教室を生み、先生を、演奏家を育てた。<br />
アメリカの果たしたアコーディオンへの功績は大きい。</p>

<p>目が飛び出るほど高かったこの楽器を子供に買い与え、教室に通わせ<br />
発表会には家族で着飾って出かける。野外で日なが繰り広げられる<br />
アコーディオン・ピクニックは楽しみの少ない地方の町では大きなリクリ<br />
エーションだった。楽しむ人、教える人、演奏家、楽器販売人が支えて<br />
黄金時代ができた。よき時代にアコーディオンは光を放ち続けた。</p>

<p><br />
-以下　次回-</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く  NO-7 最終章</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.act-bay.com/book/archives/2006/12/_no7.html" />
<modified>2006-12-31T02:36:31Z</modified>
<issued>2006-12-29T18:58:47Z</issued>
<id>tag:www.act-bay.com,2006:/book//2.91</id>
<created>2006-12-29T18:58:47Z</created>
<summary type="text/plain">アコーディオン工場訪問。　 今、USAを中心に人気のメーカーBELTUNA。音量...</summary>
<author>
<name>harada</name>

<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>アコーディオン工場訪問。　</p>

<p>今、USAを中心に人気のメーカーBELTUNA。音量、音色に優れておりしかも軽量化を<br />
はかってきている。　このベルトナの工場は1000年の歴史をもった城砦都市カステル<br />
フィダルドの中心部から数キロはなれたゆるやかな低地にあった。<br />
一帯は区画された広い工業団地になっている。南にむいてわずかにゆるやかな斜面<br />
が続く。そのさきはレカナティの方角か。<BR><br />
<img alt="morning_parco.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/morning_parco.jpg" width="400" /><BR><br />
まだ朝早い時刻に、工場には人気もまばらだ。オーナーであり、ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ業界の著名<br />
な調律師のメンギーニ氏と彼の息子であり営業責任者のジュニア・メンギーニが待って<br />
いてくれた。<br />
きれいな工場だ。そう大きくは無いが奥行きで６０～７０ｍ幅４０ｍはあろうか。<BR><br />
<img alt="factory_birdsview02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/factory_birdsview02.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="factory_bv02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/factory_bv02.jpg" width="400" /></p>

<p>アコーディオン工場には大きく７つの区画がある。<br />
製造順序でいえば<br />
（１）木材の保管；　これはアコーディオンの主要部材、リードブロック、キーボード、キー<br />
やその他の木製ﾊﾟｰﾂをとり出すための木材である。数ｹ月、数年にわたって保管され<br />
乾燥率15%程度に均一に維持して共鳴、ねばり、強度をあわせもった材料をつくりだす。<br />
（２）木工旋盤；　正確な寸法に規則正しくかんながかけられ、のみが走る。アコーディオン<br />
は組み木細工ににている。複数の種類の木材を使い分け、張り合わせて全く新しい機能<br />
の部品が出来てくる。リードﾌﾞﾛｯｸの拡大図がその例。　（写真）<br />
（３）木材塗装；　下地を塗り、滑らかに削ってはまた塗る。スプレー塗装は塗装の仕上げ<br />
工程。セルロイド貼りは塗装のかわりに、いまでも多くの工場でやっている主流の仕上げ<br />
方法でもある。<br />
（４）リードの一次調律：工場の心臓部。リードはそれぞれの工場では作ってはいない。<br />
専門のリード工場(下請け）に発注したリードをここ、工場で専門の調律師が顧客の要請<br />
や、その機種のスペックにあわせて一次調律を行う。<br />
ちょうど日本のそば打ちの「実演ｺｰﾅｰ」のような2方ガラスの防音小部屋で、私も使って<br />
いるＵＳＡの調律機でデータをみながら手早く削っていく。<br />
早い技だ。<br />
（５）ﾚｻﾞｰ、ﾜｯｸｽがけ：　調律されたリードをプレートごとブロックにﾜｯｸｽどめしていく。<br />
（６）組上げ：　リードやボタン、キーを組み付ける。<br />
（７）出荷まえの二次調律：　リードは楽器として組みあがると、単体のときより、わずか<br />
に周波数が変化する。レザーの状態で音の性格が変化することもある。　<br />
出荷前に組みあがった状態で音程やうなりを確認し、わずかに調整を加える。<BR><br />
<img alt="wood_driyerroom.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/wood_driyerroom.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="wood_casing03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/wood_casing03.jpg" width="400" /><BR><br />
<BR><br />
<img alt="tuning04.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/tuning04.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="reed_leather.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/reed_leather.jpg" width="400" /></p>

<p><BR><br />
<img alt="reed_set_french02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/reed_set_french02.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="paint_tool01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/paint_tool01.jpg" width="400" /><br />
<BR><br />
<img alt="paint_tool02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/paint_tool02.jpg" width="400" /><br />
<BR><br />
<img alt="casing.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/casing.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="casing.02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/casing.02.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="mengascini.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/mengascini.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="amplisound03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/amplisound03.jpg" width="400" /></p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p>以上がアコーディオン工場の主要な工程だ。ほとんどの部品、工程が職人の手による<br />
ものだ。<br />
一体いくつの部品があるのだろうか。　誰も数えたことがないそうだ。分かりやすい金属<br />
部品でいえば。<br />
リードセットだけでも　ＨＭＭＬのアコーディオンには　高音部　４種×４１音程×２（押引き）<br />
で　３２８セット。　低音部　５種×１２音程×２（押し引き）で　１２０。実に　４４８セットもの<br />
リードが組み込まれている。　バスのメカニズムにいたっては荘厳なほど精密になっている。<br />
１２０のボタンにはそれぞれバルブ開閉のロッド（心棒）が複数セットされしかも１２０種類<br />
皆、違う構造になっている。<br />
キーにはキータッチを決めるｽﾌﾟﾘﾝｸﾞが、軸棒がはたまたバルブパッドロッドが、数ミリから<br />
何種類ものﾈｼﾞ、特殊留め具。こういった金物にくわえ、無数の木材片をどうカウントできる<br />
だろうか。<BR><br />
<img alt="block_normal001.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/block_normal001.jpg" width="300" /><BR><img alt="block_walnut001.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/block_walnut001.jpg" width="300" /><br />
<BR><BR></p>

<p>異種の材料を貼ってあわせ、経年によるそり、ゆがみが出ないよう注意深くつくられている。<br />
響き、音量、持続性に加え。木材工性さらに経年変化への対応力と職人が考え、あみだし<br />
た技術にはすばらしいものばかりだ。１台のアコーディオンはそれ自体が工芸品であり<br />
知恵の結晶でもある。</p>

<p>最盛期、それをアコーディオンのＧＯＬＤＥＮ　ＡＧＥＳ黄金期と呼ぶ。1960年台にはここ<br />
カステルフィダルドの対米輸出数は月5万台をこえた。年６０万台だ。想像をこえる多く<br />
の職人が木材を削り、貼り合わせ、セルロイドを貼り、リードやキーを組みあげてアコー<br />
ディオンをつくった。</p>

<p>２００６年。職人のその手作業をこの眼でしっかと見た。遠くからみつめる悠久の歴史に<br />
生きた今は亡き数多くの職人の熱気の断片が工場にはあふれていたようにも感じる。</p>

<p>アコーディオンを修理調律するわが身には、確認の旅であり感謝の旅だった。<br />
私、アクトベイドットコムの原田は今日も４坪に満たない狭い工房で周波数を合わせﾘｰﾄﾞを<br />
調整する。　　想いははるかカステルフィダルドの工人たちに向かう。<br />
<img alt="rep_tune05.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/rep_tune05.jpg" width="400" /></p>

<p>　（写真にはその他複数の工場のカット、資料カットを使用しています。写真内容は版権、技術情報が含まれていますので全ての画像はコピー禁止いたします。詳細はwebmaster@act-bay.com にお問合せ下さい。）<br />
</p>]]>

</content>
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<title>アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く。  NO-6</title>
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<modified>2006-07-24T21:29:14Z</modified>
<issued>2006-07-24T12:01:10Z</issued>
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<created>2006-07-24T12:01:10Z</created>
<summary type="text/plain"> アンコナの休日。 ちょうど日曜日にアンコナに足をのばす。 アコーディオンの城砦...</summary>
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<![CDATA[<p><img alt="street_fountain01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/street_fountain01.jpg" width="450" /><BR><br />
<img alt="street_color06jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/street_color06jpg.jpg" width="450" /></p>

<p>アンコナの休日。<br />
ちょうど日曜日にアンコナに足をのばす。<br />
アコーディオンの城砦町、カステルフィダルドからは直行のバスで40分ばかりかかる。<br />
モニュメントという小さな小高い丘の公園。その直下からバスに乗った。ゆるやかな傾斜を下る。<br />
季節は4月。まだ冬の樹が、時折若い葉を出して春の風を探している。</p>

<p>アンコナは中部イタリアの海の玄関口という。アドリアの海に接するその港からは<br />
対岸のギリシャ、アルバニア、ユーゴスラビアなどバルカン諸国をのぞみ、さらにエジプトやイスタンブール<br />
にむけ、開いている。フェリーの一大ハブ港になっている。<br />
船がつくや多様な目の色や肌の人々が下船してくる。<br />
<img alt="l_ancona_wall.04.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/l_ancona_wall.04.jpg" width="450" /><BR></p>

<p>昔、その昔。アコーディオンは船乗りの愛用品として世界に広がった。カステルフィダルドでできたそのアコーディオンを、このアンコナの港から水夫たちが携えて荒海に出ていった。<br />
おそらく海を越え、海峡をこえて地の果てについたその先、バンドネオンとして普及したアルゼンチンも、船乗りが運んだに違いない、と思った。</p>

<p><img alt="street_hohner.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/street_hohner.jpg" width450" /><BR><br />
<img alt="street_hohner04.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/street_hohner04.jpg" width="450" /><BR><br />
<img alt="street_color01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/street_color01.jpg" width="450" /><br />
バルカン地方か、いずこかは分からないが眼の黒い男がひとり、街角でアコーディオンを弾いていた。<br />
静かな日曜のまだ昼前のその時間には、まして名もないアコーディオン弾きに銭をくれる人などいない。<br />
通りをいく人に、そこに居ることさえ気づかれない彼は、所在なげになにやら弾いていた。Hohnerの小型アコーディオン。ずいぶん使い込んだもののようだった。写真を撮っていいかというと、にこりともしないで、うなずいた。<br />
彼への気持ちに小銭ををさがしているうちにどっかに消えてしまった。</p>

<p><br />
<img alt="slope02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/slope02.jpg" width="450" /><br />
<BR><br />
<img alt="slope06jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/slope06jpg.jpg" width="450" /></p>

<p><br />
アンコナもゆるく、大きなきうねる坂道が町の両脇に広がっている。<br />
少し高いところまで登ってみた。カステルフィダルドもそうだが、イタリアの人は坂道を気にしない。<br />
きっと脚が丈夫なのだろうか、とおのれの痛む脚を思う。<br />
道ばたに古いレンガの壁が苔むしている。ずいぶんと古い時代のもののようだが知るすべもない。切り込みの<br />
30cmもないわずかな隙間にハトが住み着いている。<br />
<img alt="ancona_wall.01jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/ancona_wall.01jpg.jpg" width="450" /></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
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<title>アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く。  NO-5</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.act-bay.com/book/archives/2006/07/20064_no5.html" />
<modified>2006-07-24T21:38:39Z</modified>
<issued>2006-07-09T01:10:48Z</issued>
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<created>2006-07-09T01:10:48Z</created>
<summary type="text/plain"> 多少、長居をした。 今日はカステルフィダルドのGABBANELLI工場のことを...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p><img alt="old_fact02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/old_fact02.jpg" width="450" /></p>

<p>多少、長居をした。</p>

<p>今日はカステルフィダルドのGABBANELLI工場のことを書きます。<br />
GABBANELLI社というか、個人工場のGABBANELLI一家は、坂の城砦都市、カステルフィダルドのちょうどてっぺんあたりにある。隣がBORSINI、裏はVictoriaだ。<br />
そのGABBANELLIは衰退の大波にのまれながら何とか親子で踏みとどまってきた。<br />
今でもﾋﾟｱﾉ式、ﾎﾞﾀﾝ式各種ﾘｰﾄﾞｾｯﾄのｱｺｰﾃﾞｨｵﾝを製造している。もっとも従業員といえば、2代目のｳﾊﾞﾛと3代目のｴﾘｵの2人だけだ。世界で１，２を争う小さな工場だ。かっては20数人の職人がいたという。</p>

<p><img alt="front_gabba.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/front_gabba.jpg" width="450" /><BR><BR><br />
<img alt="front_gabba.02jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/front_gabba.02jpg.jpg" width="450" />  <BR><BR><br />
<img alt="buff_memory02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/buff_memory02.jpg" width="450" /><BR><BR><br />
<img alt="drill_list_wheeler.02jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/drill_list_wheeler.02jpg.jpg" width="450" /><BR><br />
<img alt="map02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/map02.jpg" width="450" /></p>

<p><br />
あのHohnerも自社製造をやめた。ということは製造業をやめﾌﾞﾞﾗﾝﾄﾞ卸売業に業態転換。「唯一Morinoだけ最終工程のﾁｪｯｸをしている」、とHohnerのﾏﾈｰｼﾞｬｰが言っていた。イタリアのｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ製造会社にそのことを言うと、「それもどうだかﾈ？もうつくれる職人はいない、らしいけど」と意味深なもの言い。<br />
Excelsiorも先年、閉鎖され多くの職人が離れた。すでにﾌﾞﾗﾝﾄﾞはPiginiに移管され、Paolo　SopraniもSHEMに吸収されちまった。<br />
<img alt="colorful_keyb.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/colorful_keyb.jpg" width="450" /><BR><BR><br />
<a href="http://www.act-bay.com/book/archives/VANE_belowbelt_l_02.jpg"><img alt="VANE_belowbelt_l_02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/VANE_belowbelt_l_02-thumb.jpg" width="450" height="300" /></a><BR><BR><br />
<img alt="VANE_120bass_l_02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/VANE_120bass_l_02.jpg" width="450" height="300" /></p>

<p>彼ら、カステルフィダルドの職人たちは、隣の工場のことについて多くをかたろうとしない。<br />
それは、かっての仲間が迎えた破局なのだ。いつ自分たちに押しかけてこないとも限らない。「その日」をｲﾒｰｼﾞするからなのだろうか。</p>

<p>GABBANELLIの工場は間口１０ｍほどの１Fに石の階段つづきの２Fと資材置き場、洞窟のようなオフィスからなっている。主に木工を１Fで行い、部品取り付け、ｾﾙﾛｲﾄﾞ加工、みがき、調律を２Fでやっている。<br />
もう60年も使ってきている、という掘削工具がそのあたりにいくつかある。刻んで刻んで、来る日も来る日もｱｺｰﾃﾞｨｵﾝをつくってきた。ｳﾊﾞﾛじいさんなんぞ、小学校のころから親父（初代ｴﾘｵ　ｶﾞﾊﾞﾈﾘ）の手伝いをしてｱｺｰﾃﾞｨｵﾝをつくってきたんだ、と息子がｳﾊﾞﾛの替わりに説明してくれた。<br />
<img alt="gabba_dad_son.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/gabba_dad_son.jpg" width="191" height="252" /></p>

<p><br />
ほこりのついた資材置き場には黄金時代をほうふつさせる仕上げ用のGOLDやｼﾙﾊﾞｰのｾﾙﾛｲﾄﾞが無造作に積み上げられている。アメリカの夢を、携帯型ﾋﾟｱﾉを買って数十マイルも離れたﾊﾞｯｸｶﾝﾄﾘｰで身近な音楽を。あのプレスリーもジョンレノンも、やはり音楽をはじめた頃ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝを弾いていたという。<br />
時代をへた資材のようにじっと、ひたすらｽﾎﾟｯﾄﾗｲﾄがあたるその日を、まっている。カステルフィダルドのGABBANELLIはまだ健在だ。</p>]]>

</content>
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<title>アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く。 NO-4</title>
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<modified>2006-07-24T21:48:36Z</modified>
<issued>2006-05-14T10:32:37Z</issued>
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<created>2006-05-14T10:32:37Z</created>
<summary type="text/plain">　坂の町カステルフィダルドははるか１０００年を越えて生きてきた。 方形の町、わず...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>　坂の町カステルフィダルドははるか１０００年を越えて生きてきた。<br />
方形の町、わずか１ｋｍ四方の城砦の中で、あるいはそのすぐ坂の下に張り付くように、人は働き、暮らしてきた。<br />
　その町の人情ぶりをお隣り町ではよく言わない。ある隣人は「あそこは家族の仲が悪い、特に兄弟は助け合うのではなく、敵対することすらある」そんなコトバも聞いた。<br />
極めて限定された広さの城砦と、仕事はアコーディオンづくりに依存してきた。ここで生きる以上、さまざまな制約や、しきたりがあったであろうことは想像にかたくない。<br />
<img alt="morning_parco.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/morning_parco.jpg" width="450<br />
" /><BR><br />
<img alt="2_longscape03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_longscape03.jpg" width="450" height="300" /></p>

<p></p>

<p>　そんなカステルフィダルドだが、１０００年を越えてかわらないのは３６０度開けた、その視界かもしれない。周囲には遠くのレカンティの小高い山をのぞけば、はるかアドリアの海を見渡す東から、西、南さらに北へさえぎるものがない。<br />
隣町にのびるその道は、石灰質のせいか、白い道だ。「そういやぁ、うちﾝほうも、道ちゅう、道ちゃあ　白ろかったぃのーた。」<br />
わが故郷、山口瀬戸内の山間も、やはり同じ白い道だった。<br />
白い道をてくてく歩いて通ったもんだ。「それぇが、５０年たった、今、地球の<br />
反対側におってから同じ白い道ぃの～」。<br />
思わず、山口弁がもれてくるなつかしい景色がそこにはあった。<br />
<img alt="2_road_on_casterfidardo2006.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_road_on_casterfidardo2006.jpg" width="450" height="300" /><BR></p>

<p><img alt="2_house_color14jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_house_color14jpg.jpg" width="300" height="225" /><br />
<BR><br />
<img alt="2_house_color04jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_house_color04jpg.jpg" width="450" height="338" /><BR><br />
<img alt="2_house_color02jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_house_color02jpg.jpg" width="450" height="338" /><BR><br />
<img alt="house_color08_signjpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/house_color08_signjpg.jpg" width="480" height="640" /></p>

<p>　屋根の色がなんともきれいだ、と思う。年をへて色が変化したのか、もともとまだら色だったかは分からない。でもあたりの道、壁の色と同調した落ち着いた色だと思う。壁も１０００年の歴史を刻んでいる。<br />
塗りこまれ、レンガの芯をおさえた木枠の窓枠がおそらく数百年の町をみてきた。<br />
通りには若い感性も、もちろんあった。この家の入り口に記された彫刻は<br />
さすがﾃﾞｻﾞｲﾝの国だ、と思う。</p>

<p>(以下次号）<br />
<img alt="2_house_color10jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_house_color10jpg.jpg" width="450" height="338" /><BR><br />
<img alt="2_house_color12jpg.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/2_house_color12jpg.jpg" width="450" height="338" /><BR><br />
<img alt="windowdeco01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/windowdeco01.jpg" width="450" /></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く。 NO-3</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.act-bay.com/book/archives/2006/05/20064_no3.html" />
<modified>2006-07-24T21:53:22Z</modified>
<issued>2006-05-07T11:29:13Z</issued>
<id>tag:www.act-bay.com,2006:/book//2.63</id>
<created>2006-05-07T11:29:13Z</created>
<summary type="text/plain">市庁舎は教会の隣にある。その庁舎の小さな建物の地下一階が「アコーディオン博物館」...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>市庁舎は教会の隣にある。その庁舎の小さな建物の地下一階が「アコーディオン博物館」になっている。<br />
<img alt="s_cityhall03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/s_cityhall03.jpg" width="400" height="300" /><br><br />
<img alt="S_cityhall02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/S_cityhall02.jpg" width="400" height="300" /><br><br />
<img alt="s_Front.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/s_Front.jpg" width="400" height="267" /></p>

<p></p>

<p><br />
ﾕｰﾛ2.00を払うと愛想のいい執事おじいさんが「写真とってもいよ、ゆっくり見ていって」といった風に<br />
聞こえるイタリア語で言ってくれた。<br />
で、カットを何枚もとった。それだけ貴重なアコーディオンの実物がここには陳列されている。</p>

<p>まずパオロソプラーニの肖像画が左手正面にある。やはり会社は絶えたけども、この町の偉人なんだね。<br />
私も思わず記念写真をとる。<br />
<img alt="John_accordion.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/John_accordion.jpg" width="400" /></p>

<p><br></p>

<p><img alt="s_everybodylike_accordion01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/s_everybodylike_accordion01.jpg" width="400" height="267" /></p>

<p><br />
ここには1829年にウィーンでデミアという人が小型のリードのついた楽器を作ったあたりからはじまって、<br />
つい最近までの100数十年がｼｮｰｳｲﾝﾄﾞｳのように見えるしかけになっている。<br />
悲しいかな、ｲﾀﾘｱ文字が読めない小生は想像するしかなかったけれども、時代をへて相違工夫、ﾃﾞｻﾞｲﾝ<br />
機能付加、材料、と確実に変わってきているのがみてとれる。</p>

<p>エｯｰ　！　ｼｮｰｳｲﾝﾄﾞｳに飾ってある同型モデルがわが「ｱｸﾄﾍﾞｲﾄﾞｯﾄｺﾑ　のｼｮｰﾙｰﾑ」にもあるではないか！<br />
同じモデルだよ。ﾀﾞﾗｯﾍﾟの1900年当時モデルや、いくつかの１９５０、１９６０年モデルはこの大和の国から<br />
はるばるきた初老のｱｺｰﾃﾞｨｵﾝﾏﾆｱを感激のきわみに押し上げるに充分だった。<br />
「いやぁ、博物館の皆さんご苦労さん！今日も機嫌よく働いてﾖ！」と急に態度が変わってしましそうな満足感<br />
に浸るのだった。</p>

<p>このカステルフィダードという中心部は１km四方しかない小さな町だ。ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝが急に現れて、あれよあれよ<br />
という間に世界のﾒｯｶになって大好況。そしてそれが続くかと思いきや、わずか数十年で、奈落の底だ。<br />
ここの陳列品は、圧縮されたミイラの残骸ともいえる。<br />
その間、多くのメーカーが生まれ、熱い情念がﾃﾞｻﾞｲﾝを技術を生み出した。それはストラデーラ　バスシステム、<br />
チャンバー機構、。リード1枚にしたって大変な技術のかたまりである。<br />
そういった技術革新の反面、この町の歴史と地形から、カステルフィダード気質を生んだ。<br />
壁をはさんだ隣は仲間というより、競争相手だ。　このアイデア、この顧客をとられてなるものか、と想像をこえる<br />
確執があったともいう。<br />
ｲﾝﾀｰﾈｯﾄはなくとも、くしゃみの１つが町中に知られるにはそう時間はかからない。そういった土地柄でもある。</p>

<p>以降　次回<br />
<img alt="s_material_wood_sample.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/s_material_wood_sample.jpg" width="400" height="267" /><br><br />
<img alt="S_move_star_accordion.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/S_move_star_accordion.jpg" width="400" height="267" /><br><br />
<img alt="S_transperant01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/S_transperant01.jpg" width="400" /><br><br />
<img alt="s_angelaccordion01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/s_angelaccordion01.jpg" width="400" height="267" /></p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く。 NO-2</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.act-bay.com/book/archives/2006/04/20064_no2.html" />
<modified>2006-07-24T21:55:43Z</modified>
<issued>2006-04-30T12:26:42Z</issued>
<id>tag:www.act-bay.com,2006:/book//2.62</id>
<created>2006-04-30T12:26:42Z</created>
<summary type="text/plain">カステルフィダードは坂の町だ。平らな道というのが、ほとんど無い、といっていい。必...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>カステルフィダードは坂の町だ。平らな道というのが、ほとんど無い、といっていい。必らず傾斜があって、<br />
曲がっている。そのくねくねと曲がる細道を、みんな車で移動している。<br />
「この町は皆､ｸﾙﾏなんだ」とGABBANELLIの社長兼運転手が言った。<br />
「確かにこの急斜面を毎日、てくてくウォーキングじゃタンへンだしね」。<br />
こんなせまい道にどうして駐車するのやら、と思っているとどうも、割り当てられたｽﾍﾟｰｽがちゃんとあるようだ。<br />
そうでもしないと町中、駐車違反だらけになる。<br />
<img alt="house_color01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/house_color01.jpg" width="450" /><BR><br />
<img alt="slope08.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/slope08.jpg" width="450" /><BR><br />
<img alt="soprani01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/soprani01.jpg" width="450" /><br />
カステルフィダルドはパオロソプラーニの町、といってもいいほど、パオロソプラーニが今流の醜い言葉でいえば、「勝ち組」でしかもその大将だった。だったというのは、もう20数年前、工場は閉鎖、会社は左前。<br />
一時は500名を越える工員を擁し、それでなくとも決して広くはないこの町のかなりの部分をパオロソプラーニが<br />
占めていた。<br />
そういう時代があったのだ。　つい２０数年前まで、そうだった。</p>

<p>アコーディオンの黄金時代といわれる1960年代は、　対米、アメリカ向けだけで、実に毎月４００００台のアコーディオン<br />
が、ここカステルフィダルドの城砦の町から輸出されていた。1人15台月あたりで、3000人近くの職工が、毎日<br />
アコーディオンをつくっていたんだね。すごい数字だネ。　<br />
町は好況に沸きたち、大将のパオロソプラーニはおそらく市長かそれ以上の力を持っていたに違いない。</p>

<p>町の見晴らしのいいメイン通りの一角にそのPソプラーニの工場あとが、今は住居かなんかになった建物がある。その母屋の端に、古い壁がそのまま残って続いていた。<br />
本当の工場の跡は、その端っこにある古びたほうだった。亡霊でもでてくるか、というような人気のない無人の<br />
工場である。窓はやぶれ、窓の木枠は乾燥し、それて割れている。窓はふきさらしのままだ。もう修理もしないようだ。<br />
１つの建物の１階だけは音楽スタジオになっている。昼から若者がぶんちゃかジャンジャンやっている。</p>

<p>カステルフィダルドのもう一つの名所は「アコーディオン・ミュージアム」だ。(以後　次回）<br />
<img alt="soprani03.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/soprani03.jpg" width="450" /><BR><br />
<img alt="soprani03_1.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/soprani03_1.jpg" width="450" /></p>

<p><br />
</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>アコーディオンのメッカ、カステルフィダルドを往く。 NO-1</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.act-bay.com/book/archives/2006/04/20064.html" />
<modified>2006-07-24T21:56:42Z</modified>
<issued>2006-04-20T10:33:54Z</issued>
<id>tag:www.act-bay.com,2006:/book//2.60</id>
<created>2006-04-20T10:33:54Z</created>
<summary type="text/plain">イタリア・カステルフィダードはアコーディオンの故郷。私にとってもメッカ（巡礼の聖...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>イタリア・カステルフィダードはアコーディオンの故郷。私にとってもメッカ（巡礼の聖地）<br />
だ。なんと、そのカステルフィダードに私は足を踏み入れた。　念願成就！<br />
おめでとう！</p>

<p>2006年3月31日金曜日。その日、遅い朝をフランクフルト空港からミュンヘンへたった。<br />
同じルフトハンザだが、フランクフルトから直行便ない。きれいだが、人気のないウィングでその便を待った。<br />
目の前には飛行機はないようだ。バスで広いミュンヘン空港を走る。バスは小型飛行機のそばで止まった。<br />
エｯ～。何と双発飛行機だﾖ。あのなつかしいいYS１１かと思う小ぶりな飛行機だ。小さかろうが、貧相だろうが<br />
乗り換えるわけにはいかない。Doromitiドロミティ航空だ。かわいい機体。<br />
一路南にむかった。<br />
ミュンヘンはもともと南ﾄﾞｲﾂの山塊、手前に位置している。いろいろあるﾄﾞｲﾂの中核都市のなかでも陽気さではＮｏ．１．<br />
愛すべきドロミテｨ双発飛行機が上昇してまもなく、前方に白峰が「ぎんぎらりん」、「ギラリンコ」の一大パノラマが広がった。<br />
絶景だ。ジェットでなく低空を飛ぶ双発飛行機で、よかったと思った。双発のプロペラがぶるんぶるん回るのがウィンドウ越しに見える。<br />
その下はるか数千メートルにアルプスの峰が、まるで箱庭のようだ。<br />
きれいだね！うつくしいよ。<br />
谷のふもとに放牧場が見えるぞ。氷河に削り取られた谷が鋭く切り立っている。手の届きそうな位置だね。<br />
誰もよじ登ったことがないだろうあの氷壁。初登攀の壁は無限にありそうだ。<br />
<img alt="L_dolomite01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/L_dolomite01.jpg" width="400" /><BR></p>

<p><img alt="L_m01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/L_m01.jpg" width="400" /></p>

<p><br />
そういう私しゃ、今をさる20数年まえ、一介のアウトドア用具商として、北はｽｳｪｰﾃﾞﾝからはじまってノルウェイ、<br />
デンマーク、オランダ、ﾄﾞｲﾂ、イタリア、アメリカは言うに及ばず、はたまた所をかえて東京は神保町、新大久保、<br />
池袋、新宿、またまた御徒町と、攻めまくったもんだ。<br />
山にほれた山や。（世間では登山三昧のライフスタイル人間のことをヤマヤと呼んでいる）それしか能の無い、<br />
愛すべき、ヤマヤ。すぐれた才能をもてあましているヤマヤ。<br />
あのとき夜通し語りつくしたあのアルプスの針峰群が眼下にある。<br />
少し昔になったアウトドアの時代を思い出しながらドロミティは快調に飛んだ。</p>

<p>アドリアの海は始めてみる海の色だった。緑がかった青色だね。<br />
この先にははるかギリシャやエジプトやイスタンブールの海につながっているんだ。<br />
機体は大きく弧をえがいてアンコナ－ファルコナーラ空港に着陸した。午後4時。</p>

<p>わが友、わが仕入先のイタリア・GABBANELLI社の社長兼運転手（人手がないので）のエリオが少し<br />
こわばった顔でほほえんだ。<br />
　　<br />
「ボンジョルノ！」</p>

<p>やったね。ついにカステルフィダードに来ちゃったもんね。<br />
おやっ！　連れに男もう一人いる。名前？　聞いたことあるじゃんか。バロンブルーニィ。そうさアコーディオン<br />
メーカーのあのバロンブルーニｨの前のオーナーの家族だ。<br />
幸か不幸か、頭のいい彼は法律家の道を選んだ。家業を売って、アコーディオンづくりはやめたんだって。<br />
会ったその翌日、元ｱｺｰﾃﾞｨｵﾝ屋は楽器にかえて六法全書を小脇にかかえ、USAはフロリダに行くんだって。<br />
「てめぇ、こら、せっかくアコーディオンのメッカのカステルフィダードの名家に生まれてょ～、ご先祖が育てた栗毛ならぬ、アコーディオンブランドをポンっと投げ捨てだよ、なんでまた　フロリダかよ？」。<br />
「いやアコーディオンの商売はたいへんなんだｮ。需要が減っちゃてね」とﾌﾞﾛｰﾆｨの説明を聞いていたら、<br />
でてきました目の前に。</p>

<p>「あの山の上にある町が、そうさ」。目の前の小高い山の上にカステルフィダードの教会の尖塔がはっきりみえている。<br />
<img alt="longscape02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/longscape02.jpg" width="400" /><br />
<BR><br />
<img alt="church01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/church01.jpg" width="640" height="480" /><br />
<BR><br />
<img alt="gate02.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/gate02.jpg" width="400" /><BR><br />
<img alt="slope09.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/slope09.jpg" width="400" /><br />
カステルフィダードは坂の町だ。狭い道が迷路のように走っている。900年代に造られたという石造りの城砦の町である。<br />
その城砦を中心に同心円に、縦横に、とにかく迷路のように道がつづらおりに折り重なって続いている。<br />
一番上の教会から、城門したのあたりまで高低さはゆうに100ｍはある。斜度20度か。元アウトドアマンは<br />
あやしくなったかつての記憶を頼りそう思った。</p>

<p>坂の町カステルフィダードは京都に匹敵する1000年にわたる歴史をもっている。<br />
アコーディオンで世界に名をとどろかせたのが1900年頃あたりからだから、1000年ほどは全く静かな別世界であったのかもしれない。</p>

<p>挨拶をかねて着いたその足でガバネリ社の工場兼事務所に行く。<br />
彼エリオは47歳。2人の息子をギリシャ人のかみさんと育てている。彼の父、ウンバロ・ガバネリは70歳半ばか。<br />
一時期は20人の職工をかかえて繁栄したガバネリも今は、ウンバロ父ちゃんとエリオの2人だけだ。だから<br />
社長といっても何でもやる。やらねばならない。運転手もやる。</p>

<p>その愛すべきガバネリの工場は、城砦都市カステルフィダードの第一城門のすぐ手前１00mのところにある。前はBorsiniの工場だ。直線距離10ﾒｰﾄﾙ。　前方にアドリア海をみる高台の小さな工場で、毎日木をけずり、張り合わせ、固めて、研いで、また研いで塗装し、貼って、部品をとりつけ、リードブロックをセットして仕上げの磨きをしてしあげる。月に30台しかできない。<br />
父ウンバロは10歳そこそこから家業のアコーディオンづくりをやってきた。もう60年もやっている。<br />
「目をつむっていてもアコーディオンが出来る？」と冗談本気で聞くと、ウインクが返ってきた。彼のアコーディオンは音の明るさと深さで、数少ない生え抜きの熟練工だ。ここカステルフィダードにはもう何人もいないという。<br />
ＧＡＢＢＡＮＥＬＬＩの楽器としてのかたちは角ばって、伝統的なﾃﾞｻﾞｲﾝ。音質がいいと評判は高い。数が出ないのが家業にとどまっている原因なのだろうか。<br />
彼のレプリカ「VENEZIA　III　MML　」はカステルフィダードの教会の尖塔とアドリアの海の色をイメージしたものだ。彼の弾くＶＥＮＥＺＩＡ　ＩＩＩの音色が石造りの壁を、天井を、工具のすきまををながれていく。80年の歳月をいとしむような深くしみこむ音だ。　(以降次回）<br />
<img alt="s_morning_parco.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/archives/s_morning_parco.jpg" width="200" height="150" /></p>]]>

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<title>The Golden Age of Accordion:</title>
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<modified>2005-08-09T12:44:54Z</modified>
<issued>2005-05-03T02:10:33Z</issued>
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<summary type="text/plain">アコーディオンは風の楽器だといいいます。フイゴに似たジャバラで空気を押し出し、ス...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<![CDATA[<p>アコーディオンは風の楽器だといいいます。フイゴに似たジャバラで空気を押し出し、スチールのはがねでできた振動板（ﾘｰﾄﾞ）に当てて震わせ、音を出すこの楽器は、1930年代から主にアメリカに輸出され一大繁栄の時代をつくってきました。数十年たった今、アコースティックな音色や、押し弾きするアピアランスの面白さから若いミュージシャンが注目しはじめています。もちろんコバさんの活躍、ピアソラのブームなどが大きく影響してきました。<br />
<img alt="DSCF0075_01.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/DSCF0075_01.jpg" width="450" /></p>

<p></p>

<p>この「黄金時代のAccordionブログ」は、英文で同名のタイトル「The Golden Age　of Accordion」（R.Flynn,E.Davison.E.Chavezによる共著。Flynn Associates社）の紹介を主な目的にしています。そのポイントは、かつて黄金時代を築いてきたたぐいまれな賢い楽器であるアコーディオンそのものがどう開発され市場に向かったか、オーナーや数々のクラフトマン、さらに今に言うマーケテイング戦略の展開などを紹介します。ひとつの楽器が世界中で脚光をあび、その瞬間、期間にして３０～４０年の間に衰退に向かった。その栄光と挫折。そこに生きた人々のいのちの声を聞きだして、お届けします。</p>

<p>この原本は３５０ページあって、写真も多くかなりの内容がつまっています。それを一部始終紹介するのは、退屈だと思いますので、私の手元にある数１０台の「黄金時代を生きた」楽器なども紹介しながら、読んで、見てたのしいブログにしたいと思います。アコーディオンは持ち運べる、電気がなくても大きな音が出る。メロディもバックもどちらもこなす。チューバに似た低い音からピッコロの極めて高い音まで出る。さらにふつうに使って故障が少ない。もちろん音質自体がアコースティックで、人恋しい、なつかしい音色である。とてもメリットな楽器なのです。<br />
このブログはそんなすごい楽器が世界に出て、そして瞬く間に普及した（ＵＳＡ）。しかし第二次大戦の終了後数年を盛りに、そのあとはエレキブーム、小型手っ取りはやいモノ志向などからでしょうか、ピタｯと静かになりました。日本でも歌声喫茶がはやった頃、あるﾊﾞﾝﾄﾞﾏﾝのアコーディオン奏者は毎晩お客さんのチップでポケットがはちきれんばかりだった、となつかしそうに話していました。<br />
でも、今でも、アコーディオンの灯は消えるどころか、また再びあの「黄金時代」をほうふつとさせるような状況が近づいてきています。<br><br />
<img alt="old_fact01 JPG.jpg" src="http://www.act-bay.com/book/old_fact01 JPG.jpg" width="450" /></p>

<p>大量消費、国民皆右向けば右。皆が同じことをめざし追っかけた戦後の60年が終わり、こころの豊かさや、非常識な浪費を慎もうという考えが主流になってきました。そういう私も、石油系の企業で30年余メシを食わせていただいた「よき習い」をやめ、こころ豊かに暮らすこと、そのお手伝いをしたいと考えているものです。<br />
音楽、それも自分で演奏することは何度も何度も繰り返しながら、少しづつうまく弾ける、そのプロセスにやりたくとも出来なかった時代のこと、面白かったことも、つらかったことも、感動したことも、憤ったことも。みんな私のこころを流れ、流していく。そのゆったりした気分が久しく対話してこなかった、まぎれもないこの「自分自身」と話し合う機会と思います。自分と本気で向き合うなかで、家族や友人隣人への感情が豊かになるような、そんな気がしています。<br />
アコーディオンは姿も音も美しく、自分と他人と仲良くなっていく媒介楽器だということを、強く意識しながらブログを進めてまいります。叱咤、励まし、ご指摘、同感！なんでも結構です。きがついたらその場でちょっとメール下さい。</p>]]>

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<title>NO.001 黄金時代の構成</title>
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<modified>2005-05-04T12:53:50Z</modified>
<issued>2005-05-02T08:42:18Z</issued>
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<summary type="text/plain">　まず、第一回目はこの「黄金時代のアコーディオン」の全体の構成を紹介します。 R...</summary>
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<email>spirit1@m7.dion.ne.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.act-bay.com/book/">
<![CDATA[<p>　まず、第一回目はこの「黄金時代のアコーディオン」の全体の構成を紹介します。<br />
Ronald　Flynn,Edwin　DavisonとEdward　Chavezによる共著ですが、本著は改定版です。何と言ってもこの本の特長はたくさんの写真です。ﾁｬｰﾙｽﾞ・ﾏｸﾞﾅﾝﾃ、ﾋﾟｴﾄﾛ・ﾃﾞｲﾛをはじめ当時のヒーローのスナップ写真があるかと思えば、当時の楽器工場や、商品カタログ（ﾎﾟｽﾀｰ）などが全体３５０ページに載っています。<br><br></p>

<p>構成はPART１：ｻﾝﾌﾗﾝｼｽｺ編（86）、　PART２：ｼｶｺﾞ編(111）、　PART３：ﾆｭｰﾖｰｸ編(187）、　PART４：その他米国、カナダ編（277)　PART５：ﾒｰｶｰ編(335)で（　　）内はﾍﾟｰｼﾞ数です。<br><br><img alt="DSCF0111.JPG" src="http://www.act-bay.com/book/DSCF0111.JPG" width="800" /><br />
（写真：1876年創業のDallape　Figlioの工場。このDallapeはSopraniと並んで最古のﾒｰｶｰといわれる。DallapeはやはりUSAへの輸出で稼いだ。もう往年の活況はなかった。ｵｰﾅｰのMr.DallapeはIII世でもうすっかり年をとったが新作のｱｺｰﾃﾞｨｵﾝを熱っぽく説明してくれた。ｶﾒﾗ：Nori）</p>]]>

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